
学校教育の現場では、教師一人当たりの業務負担が大きく、人手不足や学習機会の格差など深刻な課題を抱えています。ICT化(学校の業務をパソコンやネットで便利にすること)の遅れも相まって、生徒一人ひとりに最適な指導を行う環境づくりが困難となっていました。
こうした社会課題の解決に向けて、シンガポール発のManabie Pte. Ltd.(以下、Manabie)は、テクノロジーと人的支援を組み合わせた教育DXプラットフォームを提供するスタートアップです。テクノロジーの力で教育現場を効率化し、教師が生徒に向き合う時間を創出するとともに、AIを活用した個別最適化学習で学習効果の最大化を目指しています。
本記事では、Manabieの事業内容や資金調達動向、市場の規模等について詳しく紹介します。
事業内容:教育機関向けDXプラットフォームによる包括支援

同社は学習塾や学校法人など教育事業者向けに、オールインワンの教育DXプラットフォーム「Manabie」を提供しています。
具体的には、学習管理・コミュニケーション機能、教材・コンテンツ管理機能、請求管理機能といった教務・校務に必要な機能をクラウド上で統合したバーティカルSaaSです。これにより紙や従来システムで分断されていた業務を一括デジタル化し、教育現場の効率化とDX推進を支援します。
解決する課題と社会的意義:“教育DXで一人ひとりの可能性を最大限に引き出す”

Manabieのミッションは“教育DXで一人ひとりの可能性を最大限に引き出す”ことにあります。
創業者の本間拓也氏(共同創業者兼CEO)はオンライン学習サービス「Quipper」の立ち上げに携わった経験から、単に学習コンテンツを配信するだけでは継続的な学習習慣や学力向上の支援が不十分であり、教師によるサポート体制の重要性を痛感しました。そこでManabieでは、教師不足や教育格差といった課題に対し、ITによる業務効率化と充実した指導を両立させる仕組みづくりに取り組んでいます。
例えば不足しがちな質問対応については、生成AI技術を活用した「AIチューター」機能を開発し、生徒からの問いに24時間リアルタイムで回答することで、一人ひとりに合った学習支援が可能です。これらにより、限られた人員でも生徒それぞれの理解度に応じた手厚い指導が可能となり、教育機会の均等化に寄与する社会的意義があります。
差別化ポイントと独自の取り組み:教務と校務の両面を網羅した包括的なDXソリューション

Manabieの差別化ポイントは、教務と校務の両面を網羅した包括的なDXソリューションである点です。
他社には特定業務に特化した部分的なICTツールもありますが、Manabieは学習管理(LMS)から校務管理(ERP)まで一気通貫で提供できるため、個別にシステムを導入する手間なく教育機関全体のデジタル化を実現できます。また高いコストパフォーマンスでオールインワンのサービスを提供していることも強みです。さらに同社はソフトウェア提供に留まらず、ベトナムにおいて自らデジタル学習塾を約30教室運営し13,000人の生徒を抱えるなど、自社で教育事業も展開して得られた知見をプロダクト開発に生かす独自のアプローチを取っています。
この日本発のテクノロジーと現場運営ノウハウの組み合わせは他に類を見ないモデルであり、国内外で教育改革に挑む上での強みとなっています。
想定ターゲットと利用メリット

同プラットフォームの主な導入先(ターゲット)は、日本国内では学習塾、通信制高校、専門学校、英会話学校、全日制学校など多岐にわたり、既にこれらの教育機関で導入が進んでいます。利用する教育機関にとってのメリットは大きく分けて二点あります。
第一に、業務効率の向上です。入退会手続きや成績・出欠管理、請求業務までクラウド上で一元管理することで人的ミスや重複作業を削減し、教職員が本来注力すべき生徒指導や授業の質向上に時間を割けるようになります。
第二に、学習効果の向上です。各生徒の学習履歴データをリアルタイムに可視化・分析し、進捗管理や弱点把握を自動化することで、個々の生徒に合わせた指導計画が可能となります。またAIチューターによる質問対応支援により、生徒は疑問をすぐ解消して主体的に学習を進められます。
これらの機能を通じて、生徒の学習効率アップと指導の質向上を同時に実現できる点がManabie導入の大きな価値と言えるでしょう。
資金調達:シリーズBで約33億円を調達し、累計資金調達額は約60億円へ

Manabieは2019年4月に本間拓也氏とChristy Wong氏によって創業されました。創業から間もない2020年~2021年にかけてシード資金を獲得し、2022年4月にはシリーズAラウンドで約15億円の資金調達を実施しています。シリーズAでは既存投資家の千葉道場やジェネシア・ベンチャーズに加え、新規にグロービス・キャピタル・パートナーズなどが出資し、創業以来の累計調達額は約22億円となりました。
その後も順調に成長を続け、2025年4月30日付でシリーズBラウンドにおいて総額約33億円(約23百万ドル)を調達しました。このシリーズBには、政府系ファンドであるJICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社(JIC VGI)がリード投資家として参画し、三菱UFJキャピタル株式会社、ヒューリック株式会社、株式会社増進会ホールディングス(Z会グループ)など教育業界の大手企業・機関の出資も得ています。またシリーズAから引き続きグロービス・キャピタル・パートナーズやジェネシア・ベンチャーズ、千葉道場ファンドといった既存投資家も参加し、強力な投資家陣による支援体制が構築されています。この調達により累計資金調達額は約60億円に達し、Manabieはプロダクト開発と市場展開を一段と加速させる見込みです。
得られた資金は主にプロダクト強化とグローバル展開に充てられます。日本市場向けには教務・校務システムの機能拡充、とりわけ生成AIを活用したAIチューター機能の開発加速に投資し、深刻化する教師不足という課題への貢献を目指します。東南アジア市場に対しては、日本で培ったノウハウを展開し事業拡大を図ります。既に前述のようにベトナムで数千人規模のデジタル塾運営実績を持ち、その成長をさらに促進するとともに他国展開も進める計画です。
こうした明確なビジョンと実績を持つManabieには投資家からの期待も大きく、グローバルな教育DXへの挑戦をリードする存在として注目されています。本間CEO自身、Quipperの共同創業をはじめ10年以上教育事業にコミットしてきた実績を持ち、その経験と情熱が強力な資金調達と事業成長の原動力になっていると言えるでしょう。
市場規模:国内EdTech市場規模は、2027年に約3,625億円へ到達

近年、教育×テクノロジーのEdTech市場は国内外で急速に拡大しています。日本国内では、文部科学省による「GIGAスクール構想」の推進や新型コロナ下でのオンライン授業普及を背景に、教育現場のデジタル化ニーズが一気に高まりました。
野村総合研究所の予測によれば、国内EdTech市場規模は2021年時点の約2,674億円から年々成長を続け、2023年には3,000億円規模、2025年には3,200億円超、さらに2027年には約3,625億円に達する見込みです。特に教育コンテンツ分野が市場の大部分を占めますが、学習支援プラットフォームや学校向け管理システムなど「その他」分野も含め、着実な拡大が予想されています。
一方、世界のEdTech市場は日本以上に巨大です。独立行政法人ジェトロの調査によると、2018年から2025年にかけて世界のEdTech市場規模はほぼ2倍に拡大し、2025年には38兆円を超える規模に達する見通しとされています。特に米国や中国、インドなどを中心にオンライン学習やAI教育サービスが普及し、コロナ禍で「教育を止めない」ための投資が加速しました。直近では成長率の若干の減速も指摘されていますが、それでも2023年時点で約2,205億ドル(約29兆円)もの市場が存在し、2026年には3,258億ドル(約43兆円)に達する見通しです。通信インフラの発達やスマートデバイスの普及、新興国での教育需要の高まりが引き続き市場拡大を下支えすると考えられます。
このようにEdTech業界は将来性豊かな成長市場であり、教育先進国である日本発のソリューションにも大きなビジネス機会が存在します。Manabieは日本で磨いたプロダクトと運用ノウハウを武器に、人口増で教育ニーズが高まる東南アジアを中心としたアジア各国へ展開を進めている状況です。国内市場での学校DXニーズ取り込みはもちろん、海外市場でも教育の質向上への貢献を果たしつつ事業拡大を狙えるポジションにあります。政府系ファンドの出資や大手企業との連携も得ているManabieは、急成長するEdTech市場において日本発のリーディングカンパニーとなり得る存在でしょう。
会社概要
- 会社名: Manabie International Pte. Ltd.
- 所在地: シンガポール(本社)
- 設立: 2019年4月
- 代表者: 本間 拓也(Co-founder & CEO)
- 公式HP: https://www.manabie.com/
まとめ
教育のデジタル化を通じて教師と生徒双方に新たな価値を提供するManabieは、日本と東南アジアを舞台に着実に歩みを進めています。オールインワンの教育DXプラットフォームと先端AI技術を強みに、教育現場の効率化と学習効果の最大化を両立させる同社の取り組みは、深刻な教師不足や教育格差といった課題の解決に大きく貢献し得るでしょう。
今後Manabieがアジア全域でどのように教育イノベーションを巻き起こすのか、注目が集まります。
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