
近年、世界各地で異常気象や気象災害が頻発しています。また気候変動の進行により、今後は台風や集中豪雨、猛暑や海面上昇など様々な脅威が一層増加すると科学的に予測されています。こうした災害による被害は社会や経済に甚大な影響を及ぼすため、リスク管理の強化が急務となっています。
実際に、投資家や規制当局からの要請により、企業には気候変動リスクの評価と情報開示が求められています。実際、2022年には東京証券取引所がプライム市場上場企業に対しTCFD(気候関連財務情報開示)に基づく気候リスク開示の充実を義務付けました。気候変動への対応は企業経営における重要課題となっており、特に水害リスクへの備えは多くの企業・自治体にとって他人事ではありません。
こうした社会的課題に対し、気候変動リスクの“見える化”に挑戦しているのが東京大学発の気候科学スタートアップの株式会社Gaia Visionです。同社は最先端の洪水シミュレーション技術とビッグデータ解析を駆使し、企業や自治体向けに気候変動に伴う洪水リスクの分析や予測サービスを提供しています。本記事では、株式会社Gaia Visionの事業内容や創業背景、市場の規模等について詳しく紹介します。
創業経緯:気象研究から社会実装へ挑む
Gaia Visionは東京大学大学院で気象・気候研究に従事した北祐樹氏と出本哲氏によって、2021年9月に共同創業されました。創業者で代表取締役の北氏は、幼少期から自然災害や環境問題に強い関心を持ち、大学・大学院では台風の発達メカニズムなど気象学の研究に打ち込みました。博士号取得後、「研究だけでは災害を防げない。ビジネスという形で社会実装すれば人々を守れるのでは」と考え、いったん損害保険会社で自然災害リスク分析に携わった後、起業に踏み切りました。一方、共同創業者の出本氏は中学時代に史上最年少で気象予報士試験に合格した異色の経歴を持ちます。東京大学大気海洋研究所で気候変動による気温上昇の研究に携わり、その後AI関連事業のコンサルを経て北氏と合流しました。「学術的知見とビジネスを両立させ、日本の気候リスク対応力を高めたい」という熱意に共感し、ともに会社を立ち上げたそうです。創業当初は限られた人員・資金でサービス開発を進めるスタートでした。しかし、気候変動への社会的関心の高まりも追い風となり、事業は着実に進展しています。
事業内容①:気候リスク分析ソリューション 「Climate Vision」

Gaia Visionの中核サービスである気候リスク分析プラットフォーム「Climate Vision」は、企業や金融機関向けに、洪水リスクを詳細に分析できるWebアプリケーションです。ユーザー企業は自社の拠点情報を登録することで、現在および将来の洪水リスクを地図上で「見える化」し、被害額や復旧コストまで定量化できます。従来の洪水ハザードマップではリスク概況のみでしたが、Climate Visionは数十メートルメッシュの高精度データを用いたシミュレーションを行い、世界中どこでも解析可能という強みを持っています。
最新のバージョンである「Climate Vision ver3.0」では、複数のシナリオを並行して試算できる機能や、リアルタイムデータとの連携強化など、現場で即活用できる多機能を提供しています。これにより、企業は将来のリスク評価をより精緻に行い、適切な対策を迅速に講じることが可能になりました。
企業が気候変動リスクを開示することが求められる中、特に水害リスクは日本企業にとって深刻な物理リスクとなっています。サプライチェーンの寸断や工場の浸水が企業の財務に重大な影響を及ぼすため、Climate Visionは気候変動シナリオ分析や事業継続計画(BCP)策定に役立つ重要なツールとなっています。また、無料で使える簡易版ハザードマップ機能も提供されており、ユーザーは自社拠点の現在・将来リスクを無料で確認できるため、導入の敷居が低くなっています。このようなフリーミアムモデルにより、企業は初期段階から活用メリットを実感しやすくなっています。
事業内容②:リアルタイム洪水予測ソリューション 「Water Vision」
日本では従来、民間企業が洪水予報を提供することは法制度上認められていませんでした。しかし近年の気候変動で水害リスクが高まる中、「きめ細かな洪水予測情報が欲しい」「より長いリードタイムが欲しい」というニーズが行政・民間問わず高まっていました。2023年の法改正でようやく民間による洪水予報サービス解禁の道が開かれ、Water Visionはその先駆けとして登場しました。

「Water Vision」は自治体や企業向けのWebアプリケーションで、直近約36時間先までの洪水発生リスクをリアルタイムに予測します。「いつ・どこで・どの程度」洪水が起こり得るかを、独自にシミュレーションし、予測結果は地図上に色分布で表示します。ユーザーは時系列バーを操作して刻々と変化する水害リスクの広がりを直感的に把握できます。
注目すべき特徴
①浸水範囲と深さまで予測可能
既存の公的情報は河川ごとの危険度を提示するものですが、本サービスでは河川決壊後の具体的な浸水エリアと水深をシミュレートして表示できます。
②予測リードタイムが約1.5日
従来は数時間~半日程度だった予測可能時間を36時間先まで拡大することで、早め早めの避難判断や事前措置が可能となります。
③任意のエリア・閾値でアラート設定が可能
ユーザーは関心地域や水位・降雨量の閾値を指定しておけば、条件を満たす場合にメール通知を受け取れます。これにより重要施設周辺で洪水リスクが高まった際、担当者が即座に把握できる仕組みです。さらに全国の主要河川を網羅しており、地域を問わず利用可能な汎用性も強みです。
以上のように、高解像度かつ広域的な洪水予測を実現した点で、水害対策テクノロジーの新境地を切り拓いています。
事業内容③:防災効果シミュレーションサービス
Gaia Visionはさらに、自治体向けの防災効果シミュレーションサービスも提供しています。こちらは、河川堤防やダムなどの治水インフラ整備によって洪水被害がどれだけ軽減されるかを事前にシミュレーションするものです。気候変動に伴い従来のハザードマップや過去データだけでは将来の防災計画を立てにくくなっています。このサービスでは、気候変動シナリオを考慮した上で治水対策の効果を定量評価できるため、将来を見据えたインフラ投資判断に役立ちます。
例えば、とある河川流域で50年に一度レベルの豪雨が発生した場合を想定します。現状の堤防高では氾濫が避けられない地域も、堤防を数十センチかさ上げすれば浸水被害をどの程度減らせるかといった、「施策あり/なし」のシナリオ比較が可能です。Gaia Visionの解析によれば、過去に61名の犠牲者と4,000億円の被害額を出した洪水事例について、防災対策のシミュレーションによって死者ゼロ・被害額1,500億円減も実現し得るといいます。
高い評価を受けるリスク分析

同社は自己資金と各種助成プログラムを活用しながらプロダクト開発を進め、2023年には環境省主催の環境スタートアップ大賞で環境大臣賞を受賞し、その技術力と将来性が公的にも高く評価されています。
実際にGaia Visionの技術は環境省主導の気候変動適応コンソーシアムにも採用され、2023年にはCOP28に合わせた展示でそのシミュレーション技術が紹介されました。大手ICT企業のNECや大学研究機関とも連携し、気候変動適応策の検討に寄与しています。
市場規模:気候リスク分析・防災テック市場の成長

近年、気候変動による自然災害の激甚化が進む中で、防災テクノロジー市場は急速に拡大しています。特に、過去の災害に基づく事後対応型から、事前にリスクを可視化し、災害を未然に防ぐ予測型の防災システムへのニーズが高まっています。矢野経済研究所によると、日本国内の防災情報システム市場は、2024年に約184億円規模となり、2030年までにさらに拡大することが予測されています 。
国内市場だけでなく、グローバル市場における防災テクノロジー需要も拡大しています。特にアジア太平洋地域は、洪水・台風など水害リスクに加え、乾燥・熱波といった複合災害の懸念が高まっており、被害を最小化するための「予測・分析」投資が進みやすい地域です。
世界の市場データを見ると、気候関連リスクを定量化する気候リスク分析市場は、2024年に98.4億米ドル、2033年に506.2億米ドルまで拡大し、CAGR 17.5%で成長すると予測されています。
また、より広い概念である気候変動適応市場も拡大基調で、Fortune Business Insightsの推計では2024年に301.3億米ドル、2032年に1,049.3億米ドルに達する見通しです。
こうした市場環境の中で、Gaia Visionのような高解像度シミュレーションや洪水リスクの可視化・定量評価を提供するソリューションは、企業のBCP・拠点レジリエンス強化、金融機関のポートフォリオ評価などで活用余地が広がります。
会社概要
- 会社名:株式会社Gaia Vision
- 所在地:
・本社:〒150-0001 東京都渋谷区内
・事業所:〒107-0062 東京都港区南青山7丁目3−6 南青山HYビル 7F 荒井倶楽部内 - 代表者名:代表取締役 北祐樹
- 設立年月日:2021年9月6日
- 公式HP:https://www.gaia-vision.co.jp/
まとめ
気候変動による水害リスクの増大という社会課題に対し、Gaia Visionは科学技術の力でソリューションを提示しています。同社の気候リスク分析プラットフォームや洪水予測サービスは、企業経営や行政防災の現場で「未来のリスクを見える化」し、備えを充実させることに貢献します今後は国内でのユーザーベース拡大はもちろん、海外の気候脆弱地域への進出や、新たな気候リスク分野(渇水や熱波等)への対応も視野に入れ、更なる成長が見込まれます。気候変動への適応が世界的課題となる中、同社のようなスタートアップの挑戦は日本発のイノベーションとして注目に値するでしょう。読者の皆様も、Gaia Visionの今後の展開をぜひ注目してみてください。
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