
今、私たちの社会は大きな転換期を迎えています。特に日本では、急速な高齢化が進み、それに伴う医療費の増大、医師不足、地域間の医療格差といった課題が深刻化しています。誰もが「健康で長生きしたい」と願う一方で、現在の医療システムだけでは、その願いに応えきれない部分も出てきているのが現状です。
このような社会課題に対し、革新的な技術で解決の糸口を見出そうとしているのが、東北大学発のスタートアップ企業、株式会社bionto(以下、bionto)です。同社は、私たちの健康寿命を延ばし、すべての人が”自分らしく”生きられる社会を目指して、これまでにないアプローチで医療とヘルスケアの未来を切り拓こうとしています。
彼らは人間の体の中で常に動いている「イオン」に着目し、この目に見えない小さな動きを制御する独自の技術によって、高齢化社会の新しい希望を作り出そうとしている企業です。
本記事では、biontoの事業や最近の動向について詳しく紹介しています。ぜひ最後までご覧ください。
事業内容:独自の生体イオントロニクス技術と革新的なデバイス

株式会社biontoの事業の中核をなすのは、東北大学大学院工学研究科の西澤松彦教授が開発した「生体イオントロニクス技術」です。この技術は、体内のイオン(電解質)とエレクトロニクス(電子工学)を融合させた、学際的技術分野です。人間の体の約60%を占める水分、つまり体液の中には、さまざまなイオンが常に動いています。このイオンの動きは、細胞機能の調節、筋肉や神経の働き、さらには創傷治癒や骨形成といった、生命活動に不可欠な役割を担っているのです。
biontoは、この生体イオントロニクス技術を応用し、従来の医療技術では困難だった課題を解決する新しいアプローチを可能にします。この技術により、薬物の経皮送達効率の向上、生体信号の高感度検出、生体由来物質を利用した発電など、次世代の医療・ヘルスケアシステムの基盤となるイノベーションが実現します。
さらにbiontoはこの技術を生かした以下の製品を開発しています。
- 注射の概念を変える:「PMN(ポーラスマイクロニードル)デバイス」
- 手軽な美容と健康のパートナー:「バイオ発電スキンパッチシート BIPP」
注射の概念を変える「PMN(ポーラスマイクロニードル)デバイス」

biontoが開発する主要なデバイスの一つが、PMN(ポーラスマイクロニードル)デバイスです。これは、電気浸透流(EOF)と呼ばれる現象を利用し、皮膚内に水の流れを一方向に作ることで、薬剤の多量・高速の投与を可能にする画期的なデバイスです。
従来の注射は痛みや抵抗感を伴い、経口投与では薬剤が全身に回ってしまうという課題がありました。しかし、PMNデバイスは「非侵襲性」、つまり皮膚を傷つけずに薬剤を効率よく送り込めるため、患者さんの負担を大幅に軽減できます。これにより、医療分野における局所・全身薬剤投与はもちろんのこと、スキンケア、頭皮ケア、ヘルス&ビューティ、そしてウェルネスといった幅広い分野での応用が期待されます。
このデバイスは薬剤投与にとどまらず、皮下の組織液(間質液)を採取することも可能です。これは、体内の生体信号を高感度に検出する技術への発展も期待されており、病気の早期発見や健康状態のモニタリングに新たな可能性をもたらすでしょう。
手軽な美容と健康のパートナー「バイオ発電スキンパッチシート BIPP」

もう一つの注目すべき製品が、「バイオ発電スキンパッチシート『BIPP』」です。このパッチシートは、なんと水を加えるだけで発電し、皮膚に安全な微弱電流を流すことができます。酵素によるバイオ発電の仕組みを利用しており、全て有機物で構成されているため、顔や指など体のあらゆる部位に柔軟にフィットする設計です。
BIPPの最大のメリットは、微弱電流によって薬効成分の皮膚への浸透を促進する効果がある点です。すでに化粧品大手のコーセーとの共同開発により実証実験が行われており、一般のイオン導入器に比べて手軽に使える新しいスキンケア体験を提供する製品として、その普及が期待されています。日々の生活の中で、手軽に美容と健康をサポートしてくれる、まさに現代のニーズに応える製品と言えるでしょう。
さらにbiontoは、微弱電流による電気浸透流の発生とその効果により歯垢形成を抑制するマウスピース型のオーラルケアデバイスや、神経束などに柔らかく巻付いて安全・安定な刺激を可能とするカフ型のハイドロゲル電極を開発中です。最先端技術を生かしたbiontoのプロダクトは今後多くの人の希望となっていくことでしょう。
資金調達:シードラウンドで6000万円を調達、成長を加速

株式会社biontoは、2025年9月にシードラウンドで総額6000万円の資金調達を実施し、今後の事業拡大に向けた基盤を強化しました。この資金調達は、PARTNERS FUNDを引受先とするJ-KISS型新株予約権と、日本政策金融公庫および七十七銀行からの創業融資によって構成されています。
調達した資金の主な使途は、ホームヘルスケアデバイスとしてのプロダクト開発の推進です。高齢化が進む現代において、医療機関での治療だけでなく、自宅でのセルフケアや医療的サポートのニーズはますます高まっています。biontoは、この分野で革新的なソリューションを提供することを目指しています。
さらに、エンジニアや企画開発人材の採用強化、そしてヘルスケア・製薬・医療機器企業とのアライアンス構築など、事業開発の推進にも資金が活用される予定です。今後は、ホームヘルスケア市場を視野に入れたプロトタイプの検証や産学連携プロジェクトを本格化させながら、規制対応や臨床応用へのロードマップ策定、コスト制御と量産化戦略を推進していくとのことです。これらの取り組みを通じて、世界に通用する製品を迅速に市場に投入し、医療の最前線における課題解決へと貢献していく方針を掲げています。
市場規模:高齢化社会と拡大するヘルスケア・美容市場

日本は世界でも類を見ない速さで高齢化が進行しており、2050年には高齢者(65歳以上)の割合が全体の37.1%に達する予測です。これは、国民一人ひとりの医療負担の増加だけでなく、医師不足や地域間の医療格差といった社会全体の問題を引き起こしています。このような状況下で、医療のあり方も変革が求められており、「セルフケア」や「セルフメディケーション」の重要性が一層高まっています。
biontoがターゲットとする市場は、この高齢化社会が抱える課題と深く結びついています。同社の技術は、医療機関での治療はもちろんのこと、自宅での継続的な健康管理やセルフケアを可能にするホームヘルスケア市場において、大きな可能性を秘めているのです。
成長を続けるホームヘルスケア市場
医療のデジタル化と自宅でのケアニーズの高まりを受け、ホームヘルスケア市場は着実に成長しています。Astute Analytica Co. Ltd.の調査によると、日本のスマートホームヘルスケア市場は2024年に11億8,510万米ドルと評価され、2025年から2033年の予測期間中に26.20%のCAGRで成長し、2033年には96億2,253万米ドルに達すると予想されています。biontoの「高速浸透ニードルデバイス」は、非侵襲的な薬剤投与や生体情報センシングを通じて、この市場において患者のQOL向上に貢献し、新たな価値を創出することが期待されます。
美容・ウェルネス市場との融合
また、「バイオ発電スキンパッチシート『BIPP』」のように、美容やウェルネスといったライフスタイルを豊かにする領域にも、biontoの技術は広がりを見せています。グローバルインフォメーションのデータでは、日本の美容機器市場規模は2025年に26億5,000万米ドルと推定され、予測期間(2025年~2030年)のCAGRは12.27%で、2030年には47億3,000万米ドルに達すると予測されます。
biontoの生体イオントロニクス技術は、安全性と効果を両立させた製品を通じて、この活況な市場に新たな選択肢を提供し、消費者の多様なニーズに応えることでしょう。
biontoは、これらの市場において、独自の生体イオントロニクス技術を武器に、人々の健康長寿を支える重要なプレーヤーとなる可能性を秘めています。規制対応や量産化など、超えるべきハードルはありますが、その革新性は社会に大きなインパクトを与えるでしょう。
会社概要
- 会社名: 株式会社bionto
- 所在地: 〒980-0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 468-1 東北大学マテリアル・イノベーション・センター 青葉山ガレージ内
- 設立年月日: 2025年3月3日
- 代表者名: 妹尾 浩充
- 公式HP URL: https://bionto.co.jp/
まとめ
株式会社biontoは、東北大学発の「生体イオントロニクス技術」を核に、高齢化社会が抱える医療課題に真っ向から挑むスタートアップです。
「誰もが”自分らしく”生きることに寄り添う」というミッションを掲げ、医療現場から日々のホームヘルスケア、そして美容・ウェルネス分野に至るまで、幅広い領域での貢献を目指しています。医療の未来を、そして私たちの健康長寿を大きく変えうるbiontoの今後の動向から、目が離せません。
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