最終更新日 26/02/18
海外スタートアップ

【株式会社Valar Labs】変わるがん治療の未来|AI病理診断「Vesta」で精密医療の最短ルートへ

AIヘルスケア医療
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(引用:公式ホームページ

がん治療の現場では、同じ病名でも患者ごとに薬の効き目が異なる「試行錯誤」のプロセスが患者の身体的負担と医療費増大を招いています。この治療選択の不確実性という課題に対し、米国パロアルト拠点の株式会社Valar Labsは、AIによる治療反応予測で挑んでいます。

同社の核となるのは、診断時に必ず作成される「病理スライド」をAIで解析し、特定の治療が有効かどうかを事前に可視化する技術です。既存のデータを確かな根拠に変えることで、一人ひとりに最適な精密医療の実現を加速させています。

事業内容①:AI病理検査ポートフォリオ「Vesta」

(引用:公式ホームページ

膀胱がん治療のパラダイムシフト

株式会社Valar Labsの主力事業は、泌尿器がん領域に特化したAI病理検査ポートフォリオ「Vesta」の提供です。現在、特に焦点を当てているのが「非筋層浸潤性膀胱がん(NMIBC)」と呼ばれる、膀胱の表面にとどまっているタイプのがんです。

この疾患の標準治療の一つに、BCG(ウシ型弱毒結核菌)を膀胱内に注入する免疫療法があります。再発防止に高い効果を発揮する一方で、全ての患者に効くわけではありません。Vestaのコア機能である「BCGPredict」は、手術で採取された組織のデジタル画像から、このBCG治療に対して患者が良好な反応を示すかどうかを予測します。

(引用:公式ホームページ

既存のワークフローを壊さない導入のしやすさ

Vestaが画期的なのは、検査のために新たな組織採取を必要としない点です。がんの診断プロセスにおいて、患者の組織を薄く切り出して染色した「H&E染色スライド」は必ず作成されます。Vestaはこのスライドをスキャンした画像データのみを使用します。

検体が米国のCLIA認定(臨床検査改善法案に基づく認定)を受けた同社のラボに到着してから、わずか3日程度で解析結果がレポートとして医師に届けられます。患者に対して追加の身体的負担を強いることなく高精度な予測データを得られる点が、臨床現場での高い支持につながっています。

専門医の知見と膨大なデータを融合したAI基盤

Vestaの精度を支えているのは、同社が独自に構築したAI基盤「CHAI(Computational Histology Artificial Intelligence)」です。このAIは、1,000人を超える患者コホート(追跡調査集団)のデータと、専門医によって精密に注釈された50万件以上の組織画像データによって学習されています。

人間の目では捉えきれない、腫瘍周辺の微小な環境(腫瘍微小環境)の変化や、細胞の空間的な配置パターンをAIが定量化します。これにより、従来の病理診断ではステージとしてしか分類できなかった情報を、「この患者は再発リスクが高い」「この治療に反応しやすい」といった、治療戦略に直結するインサイトへと昇華させています。

事業内容②:他がん種への拡張と製薬連携

(引用:公式ホームページ

消化器領域への進出「Vitara」

株式会社Valar Labsの野心は、膀胱がんだけにとどまりません。同社は培ったAI技術を消化器(GI)領域へも展開しており、そのポートフォリオを「Vitara」と名付けています。

消化器がんは症例数が多く、治療の選択肢も多岐にわたります。組織標本という汎用性の高いデータを利用する同社の技術は、膵臓がんや大腸がんなど、難治性がんにおける治療反応予測にも極めて親和性が高いとされています。異なる臓器であっても、AIが「組織の構造的なパターン」と「治療予後」の相関を学習することで、迅速な横展開が可能になっています。

製薬企業とのパートナーシップによる創薬支援

もう一つの重要な柱が、製薬企業とのBtoB展開です。新薬の開発、特に治験(臨床試験)のフェーズにおいて、株式会社Valar LabsのAI技術は大きな威力を発揮します。

  1. 患者のスクリーニング: 特定の薬剤に反応しやすい患者を事前に特定することで、治験の成功率を高め、開発期間を短縮します。
  2. バイオマーカーの探索: 従来の遺伝子検査等では見つけられなかった、画像上の新しいデジタルバイオマーカーを発見し、診断薬の開発に繋げます。

これにより、製薬企業にとっては開発コストの削減、患者にとってはより早く最適な新薬にアクセスできるという、強力な相乗効果が生まれます。

医師の能力を拡張する「透明性のあるAI」

医療現場でAIを導入する際の最大の障壁は、「なぜAIがそう判断したのか分からない」というブラックボックス問題です。株式会社Valar Labsはこの課題に対し、透明性を重視した設計思想を持っています。

同社のAIは、判断の根拠となった組織の領域を可視化し、医師が自身の医学的知見と照らし合わせて検証できるように設計されています。「AIが医師を置き換える」のではなく、「AIが医師に新たな視点を与える」というスタンスを徹底していることが、保守的な医療機関や学会からの信頼を得ている要因です。

資金調達:シリコンバレーのトップVCが注目する成長性

2024年5月、シリーズAで2,200万ドルを調達

株式会社Valar Labsは2024年5月30日、シリーズAラウンドにおいて2,200万米ドル(約34億円)の資金調達を実施したことを発表しました。

この調達は、同社の技術が研究段階を終え、本格的な商用展開フェーズに入ったことを象徴しています。

(引用:公式ホームページ

豪華な投資家陣とその狙い

本ラウンドを主導したのは、世界屈指のベンチャーキャピタルであるAndreessen Horowitz(a16z)と、ディープテックへの投資で知られるDCVCの2社です。

さらに、シード段階から同社を支えてきたPear VCも継続して出資を行っています。

投資家が特に関心を寄せているのは、以下の3点です。

  • 高い市場適合性: 既存のH&Eスライドを利用するため、医療機関の追加設備投資が不要であり、導入のハードルが極めて低い点。
  • 規制への対応: 米国内での検査サービス提供に必要なCLIA認定を早期に取得し、実臨床への導線を確保している点。
  • 拡張性: 泌尿器から消化器、さらには製薬連携へと、データ基盤を使い回して収益源を多層化できる点。

資金の使途と今後の拡大戦略

今回調達した資金は、主に「Vesta」の全米規模での商用展開、およびヒューストンにある検査ラボのキャパシティ拡大に充てられます。また、現在は米国が中心となっている展開を、欧州やアジアなどのグローバル市場へ広げるための規制対応や、臨床エビデンスのさらなる蓄積にも投資される方針です。

市場規模:デジタル病理とAI診断の爆発的成長

加速する世界のデジタル病理市場

株式会社Valar Labsが属する「デジタル病理」および「AI医療診断」の市場は、今、歴史的な転換点にあります。 Fortune Business Insightsによると、世界のデジタル病理市場規模は2025年に約13億米ドルに達し、2034年には約57.5億米ドル(約9,000億円以上)まで拡大すると予測されています。

成長率(CAGR)に関しては、2026年から2034年にかけて、年平均成長率18.56%という驚異的なスピードでの成長が見込まれています。

日本国内における動向と可能性

日本国内においても、市場は着実に拡大しています。IMARC Groupの調査によれば、日本のデジタル病理市場は2025年に約4,620万米ドル、2034年には約1.3億米ドルに達すると予測されており、CAGRは12.18%と堅調です。日本市場における成長の背景には、以下の特有の事情があります。

  1. 病理医不足の深刻化: 診断を担う専門医が不足しており、AIによる業務効率化が急務となっています。
  2. 地域間格差の解消: デジタル化により、地方の病院でも都市部の専門医レベルの解析結果を享受できるニーズが高まっています。
  3. 高齢化によるがん症例数の増加: 検査件数そのものが増え続けており、迅速かつ正確な解析手法が求められています。

Valar Labsの市場内ポジション

多くの競合企業が診断の自動化に注力する中で、株式会社Valar Labsは「治療反応予測」という、より高度で臨床価値の高い領域に特化しています。このポジショニングにより、単なる「診断補助ツール」ではなく、「治療方針を決定する際の必須インフラ」としての地位を確立しようとしています。

会社概要

会社名:Valar Labs, Inc.(株式会社Valar Labs)
所在地:本社 米国カリフォルニア州パロアルト(Palo Alto, CA)
    ラボ テキサス州ヒューストン(Houston, TX)
設立年月日:2021年
代表者名:Anirudh Joshi(Co-founder & CEO)
公式HP URL:https://www.valarlabs.com/

まとめ

株式会社Valar Labsは、AIという現代の武器を使い、がん治療における最大の難問である「個人差」の壁に挑んでいます。彼らの技術は既に存在する病理スライドというデータの価値を再定義し、医師には揺るぎない判断根拠を、患者には迷いのない治療の道筋を提供しています。

2024年のシリーズA調達を経て、同社の技術は今後膀胱がん以外の多くのがん種へも広がっていくでしょう。
それは単なるテクノロジーの進歩ではなく、患者が「自分に最も合った治療」を当たり前に受けられる社会、すなわち「精密医療の民主化」に向けた大きな一歩です。

「診断」から「治療予測」へ。医療AIの最前線を走るValar Labsの展開は、投資家だけでなく、これからの医療の形を考える全てのビジネスパーソンにとって、今後も目が離せない注目トピックであり続けるはずです。

New Venture Voiceでは、このような注目スタートアップを多数紹介しています。株式会社Valar Labsのように、国内外の面白い企業についてもまとめているため、関連記事もご覧ください。

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