
日本の調剤薬局現場では、高齢化による医療需要の増大や医療費抑制策の下で、薬剤師の業務負担が大きい課題があります。
従来は紙の薬歴(薬剤服用歴)記入や煩雑な事務作業に時間を取られ、患者と向き合う時間が限られていました。また、服薬後のフォロー不足による患者の服薬アドヒアランス(服薬遵守)低下も指摘されています。
こうした課題を解決するべく、調剤薬局向けデジタルプラットフォームを提供しているのがスタートアップ企業の株式会社カケハシです。電子薬歴システムを核に、薬局の業務効率化と患者サービス向上を両立するサービスを展開しています。
本記事では、株式会社カケハシの事業内容や資金調達動向、市場の規模等について詳しく紹介します。
事業内容:調剤薬局の業務・経営・患者支援をトータルで革新する「Musubi」プラットフォーム群
事業内容①:「Musubi」― 電子薬歴システムで薬剤師の対人業務を支援

「Musubi」はクラウド型の電子薬歴・服薬指導支援システムです。薬剤師がタブレット端末で患者さんと一緒に画面を見ながら服薬指導を行うと、その内容が自動で薬歴として記録されます。これにより従来毎日数時間かかっていた薬歴入力業務が大幅に効率化され、薬剤師は患者とのコミュニケーションにより多くの時間を割くことが可能です。
さらに患者一人ひとりの健康状態や生活習慣に合わせた服薬指導内容やアドバイスがMusubi上で提示されるため、指導の質も向上します。2017年のサービス開始以来、Musubiの導入薬局は急速に拡大しており、2023年時点で全国の約10%にあたる7,000店舗の薬局で導入されています。
2025年現在ではグループ全体で14,000店舗超(日本の薬局の20%超)に達している状況です。ウエルシア薬局、イオン薬局、そうごう薬局(総合メディカル)など大手チェーンでも採用が進んでいます。
事業内容②:「Musubi Insight」― 薬局経営を可視化するデータ分析支援サービス

「Musubi Insight(ムスビ・インサイト)」は、Musubiで蓄積されたデータから薬局経営上の重要指標を可視化し、根拠に基づく経営判断を支援するクラウドサービスです。
薬剤師の薬歴完了率など業務状況を示すデータから、店舗の売上や処方箋枚数、再来率・新患率といった患者動向データまで幅広く見える化することで、各薬局が抱える課題の発見・把握を効率化します。
データに基づく適切な経営改善策の立案を後押しし、薬局の経営力強化に寄与するツールとなっています。
事業内容③:「Pocket Musubi」― 服薬フォローを自動化・効率化する患者支援ツール

「Pocket Musubi(ポケット・ムスビ)」は、患者さんの服薬期間中のフォローを支援するシステムです。
薬局から提供されたQRコードを介して患者さんが自宅で服薬状況を入力すると、そのデータに基づいて質問が自動送信され、患者さんに回答を促します。
薬剤師はPocket Musubiの管理画面上で患者さんの回答データを確認し、必要に応じてフォローアップを行うことができます。これにより「必要な患者さんに」「最小限の業務負荷で」継続的なコミュニケーションを図ることが可能となり、患者満足度の向上と現実的で持続可能な業務フローの両立を支援します。
事業内容④:「Musubi AI在庫管理」― AIで発注と在庫管理を半自動化する支援システム

「Musubi AI在庫管理」は、AIを活用した高精度の来局予測と独自コードによる医薬品在庫管理に基づき、「半自動発注」や「店舗間在庫融通」を実現するクラウド型在庫管理・発注システムです。
これまで人手に頼っていた発注・在庫管理業務を半自動化し、「誰でも」「より簡単に」「より適切な」在庫管理を可能にしました。
その結果、薬局業務の効率化と医薬品の欠品リスク軽減に大きく貢献します。
事業内容⑤:「Pharmarket」― 余剰医薬品の二次流通を実現する買取・販売サービス

「Pharmarket(ファルマーケット)」は、薬局で余剰となった医薬品在庫の買取および販売を行う医薬品二次流通サービスです。
カケハシのグループ会社が運営しており、売り手・買い手の薬局確認、医薬品一つひとつの丁寧な検品、流通経路のトレーサビリティ担保など、安全性を最優先に徹底しています。
サービスを通じて使用期限切れによる医薬品廃棄リスクを軽減し、必要な薬を安価に提供することで薬局経営を支援します。
事業内容⑥:「MusuViva!」― 薬局同士の知見を共有するユーザーコミュニティ

「MusuViva!(ムスビバ)」は、Musubiユーザーを中心とした薬局・薬剤師向けのコミュニティです。
ユーザー同士がオンライン上で自由に交流(コミュニケーション)し、互いに助け合いながら新たな取り組みを共創できる場を提供しています。
定期的にオンラインでユーザー会も開催されており、地域や組織を超えて薬剤師が知見やアイデアを共有できるコミュニティとして機能しています。
資金調達:ゴールドマン・サックス主導で約140億円を調達(シリーズD)

2025年6月、株式会社カケハシはシリーズDラウンドにおいて総額約140億円の資金調達を実施しました。リード投資家はゴールドマン・サックスで、本ラウンドは第三者割当増資、既存株主からの株式譲渡、ベンチャーデットおよび融資の組み合わせにより行われています。
調達資金を基に、同社はM&Aや先端技術への投資強化に加え、エンジニア採用を含む人材強化や営業・導入支援・CS体制の充実を図り、組織基盤の強化とプロダクト拡充によるプラットフォームの更なる拡大を目指す方針です。幅広い企業や医療機関との連携を深め、次世代ヘルスケアの推進を通じて日本の医療課題を解決することを目標としています。
なお、2023年1月にはシリーズCラウンドで約76億円の資金調達も実施しており、新規事業への取り組みを加速させました。
市場規模:世界の薬局市場は2030年に1.6兆ドルへ

世界の薬局市場は、2024年時点で約1.3兆ドルと推定され、今後も堅調な成長が見込まれています。Grand View Research社の調査によると、2030年には約1.62兆ドルに到達すると予測されており、2025年〜2030年の年平均成長率(CAGR)は7.3%と報告されています。
この市場は「処方薬(Prescription)」と「一般用医薬品(OTC)」に分けられ、処方薬が市場の大半を占めながらも、OTC医薬品の需要も右肩上がりで推移しています。高齢化の進行、慢性疾患の増加、セルフメディケーションの浸透が市場成長の主因です。
会社概要
- 会社名: 株式会社カケハシ
- 所在地: 東京都港区西新橋二丁目8番6号 住友不動産日比谷ビル5階
- 設立: 2016年3月30日
- 代表者: 代表取締役社長 中尾 豊、代表取締役CEO 中川 貴史
- 公式HP: https://www.kakehashi.life/
まとめ
カケハシは、調剤薬局の業務効率化や患者支援の高度化を目指し、複数のクラウドサービスを展開しています。シリーズDで得た資金をもとに、技術開発や組織体制の強化を進めており、今後はPHR(パーソナルヘルスレコード)の活用や製薬業界との連携による医療全体の最適化にも取り組む方針です。
産官学連携を通じた実証や研究にも力を入れており、日本の医療体験を変革する先進事例として注目が高まっています。
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