
脳卒中は、日本人の死因および要介護原因の上位を占める疾患です。発症後に片麻痺を呈した患者のうち、約3割が「生活の中で手を機能的に使えない」廃用手の状態に至るといわれ、従来のリハビリテーションでは回復が難しいケースも少なくありません。
こうした重度の手指麻痺に対し、脳から直接信号を読み取って神経回路の再構築を促す新しいアプローチで挑むのが、慶應義塾大学発スタートアップの株式会社LIFESCAPES(以下、LIFESCAPES)です。同社は、BMI(脳機械インターフェース)技術を医療機器として実用化し、リハビリ医療の常識を塗り替えようとしています。
本記事では、株式会社LIFESCAPESの事業内容や資金調達動向、市場規模などを詳しく紹介します。
事業内容:BMI技術による脳卒中リハビリ医療機器の開発
LIFESCAPESは、脳機械インターフェース(BMI)技術を基盤としたニューロリハビリテーション医療機器の研究開発と臨床展開を行う、慶應義塾大学発の医療機器スタートアップです。同社が手がけるのは、脳卒中後に手指麻痺を抱える患者に向けた、これまでにない作用機序を持つ革新的なリハビリ機器です。
医療用BMIと機能訓練用BMI

主力製品は2種類あります。一つ目は薬機法に基づく医療機器認証を取得した医療機関向けの「LIFESCAPES 医療用BMI(手指タイプ)」です。こちらは、生体信号を頭皮から高感度に測定し、適切な運動意図が形成されたと判断されたタイミングでロボットが動作を始めます。
アプローチが難しい重度の手指麻痺から、ぎこちなさが残る中等度から軽度の症状まで広く利用できる、新しいタイプのニューロリハビリテーション医療機器です。

二つ目は介護施設等の機能訓練の現場で活用できる「LIFESCAPES 機能訓練用BMI(手指タイプ)」です。患者はヘッドセットを装着するだけで、ノイズの少ない高品質な脳波信号をすぐに取得できます。乾電池駆動のワイヤレスかつポータブルなセンサにより、診察室や訓練室など場所を選ばず使える点も特長です。
既存療法との違いと臨床的意義
従来のリハビリ機器は、ロボットや電気刺激装置によって「麻痺した手足に直接働きかける」アプローチが主流でした。一方、LIFESCAPESのBMIは、損傷を負った脳から直接情報を取得し、頭皮上のウェアラブルセンサで神経活動を検出します。またそのタイミングで麻痺した手指の電動装具を動かすことで、脳と手をつなぐ「代償回路」の活性化を促すつくりのため、訓練を繰り返すうちに神経回路が再構築され、機器を外した状態でも自分の意思で手を開けるようになることが期待されています。
臨床現場では、「LIFESCAPES BMI」を用いた2週間の練習で、FMA(Fugl-Meyer Assessment)上肢運動および手指項目の改善が報告されました。脳卒中治療ガイドライン2021(改訂2023)にもエビデンスが引用されており、順天堂大学では特定臨床研究による多面的検証も進んでいます。重度手指麻痺というアンメット・メディカル・ニーズに応える、医療現場の期待が大きい製品です。
資金調達:2026年6月に6億円調達

LIFESCAPESは、2026年6月、既存株主・新規投資家を引受先とした第三者割当増資により総額6億円の資金調達を実施しました。今回の資金調達により、国内における「先駆的医療機器」への指定に伴う医師主導治験の推進に加え、海外市場、特に成長著しいASEAN地域および北米市場を重点領域と位置付け、事業開発およびパートナーリングを加速させていくと発表しています。
【本資金調達概要】
- 日付:2026年6月
- 調達額:総額6億円
- 調達方法:第三者割当増資(シリーズC追加)
- 調達先:
・MSIVC2025V投資事業有限責任組合
・Golden Asia Fund Ⅲ, L.P.
・SUMISEI-SBI投資事業有限責任組合
・ディープテックエンジェル2025投資事業有限責任組合
・PARAMOUNT BED-SBI Healthcare Fund 1号投資事業有限責任組合
・フィデア企業成長支援ファンド投資事業有限責任組合
・三菱UFJライフサイエンス3号投資事業有限責任組合
※順不同
特筆すべきは、住友生命保険相互会社がCVCファンド「SUMISEI INNOVATION FUND」を通じて出資した点です。住友生命は本出資を通じ、脳卒中発症後の保険金支払いから運動機能の回復、社会復帰までを一貫して支える新サービスの研究を進めるとしています。保険会社と医療機器スタートアップの連携は、社会保障とヘルスケアの新しい融合形を示唆する動きとして注目されます。
市場規模:成長著しいニューロリハビリ市場とアジア展開
LIFESCAPESが挑む市場は、世界的にも急成長が見込まれる有望領域です。
世界の脳卒中・神経リハビリ市場
パノラマデータインサイトの調査によると、世界の脳卒中対策市場は、2024年の417億2,000万米ドルから2033年には795億8,000万米ドルに達すると予測されており、CAGR(年平均成長率)は7.44%と堅調な成長が見込まれます。
さらにStrait Researchの調査によると、神経リハビリテーション機器市場の伸びは著しく、2024年の22.5億米ドルから2033年には71.5億米ドルへ拡大し、CAGRは13.7%に達する見通しです。デジタル治療薬を活用した脳卒中後リハビリ市場にいたっては、2024年の10.9億米ドルから2029年に27.4億米ドルへ、CAGR20.5%という非常に高い成長率が予測されています。
グローバル展開とポジショニング
LIFESCAPESはアジア市場への展開も加速させています。2025年10月にはシンガポール開催の「CHISEL Healthcare InnoMatch 2025」で優勝。東京都主催「X-HUB TOKYO OUTBOUND PROGRAM」のシンガポールコース・インドネシアコース両方に採択されるなど、海外進出への布石を着々と打っています。BMI領域で薬機法認証と保険適用を取得した先行優位性を武器に、グローバル市場での存在感を高めていく構えです。
会社概要
- 会社名:株式会社LIFESCAPES
- 所在地:〒106-0047 東京都港区南麻布五丁目2番37号
- 設立年月日:2018年5月30日
- 代表者名:牛場 潤一
- 公式HP:https://lifescapes.jp/
まとめ
LIFESCAPESは、慶應義塾大学で長年積み重ねられたBMI研究を社会実装し、脳卒中後の手指麻痺という深刻な医療課題に新たな解決策を提示する企業です。脳から直接信号を読み取って神経回路の再構築を促す独自のアプローチは、リハビリ医療の枠組みを大きく変える可能性を秘めています。
医療機器認証・保険適用の取得、先駆的医療機器指定、住友生命をはじめとする多様な投資家からの支援、さらにアジア展開と、同社の歩みは着実に加速しています。代表の牛場潤一氏が掲げる「重度運動障害の治療実現」というミッションが、世界の患者の生活を変える日もそう遠くないかもしれません。
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